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本と酒と怠惰

四四

絶賛、四連勤中の三連勤目しゅーりょー。くたくた。
今年のバレンタインは、久々に職場へもしたので出費がかさんだ。翌日に年金がいただけたのでしのげたが。働いているのに年金?とお思いの、そこのあなた。フルで働けず、続ける自信もまだない状態な場合、もらえちゃったりするもんだ。私の場合は更新だったので、主治医がうまいこと書いてくれたのだろう。初めは抵抗もあったけれど、手帳も所持している。弱者に優しくないこの世、うまく渡ってゆくにはもらえるものはもらおうぜ精神でいかないと。ちなみに、通院日ゼロ負担にする方法もあるので知りたい方はまたツイッターにでもリプライ飛ばしてくだせぇ。
フィジカル面がつらい今日この頃。メンタル面も余裕がなく、これまた余裕のないお相手さんと衝突する。余裕のない同士、いかに衝突せずに過ごすかの答えは出ない。お互い、吐き出す場所がなさすぎるのが一因だろうか。いや、互いが吐き出す場所になっているのかもしれない。それは、余裕のあるときにはよいことだけれども、つらい時期に頼られてもなあと複雑。病持ち同士がうまくやるにはまだまだ精進が足りませぬ。

四三

お相手さんの、勤め先が決まらない。
ようやっと決まったところは、一日でやめてしまった、諸事情により。
それから、ずっと根を詰めてがんばって探してはるのだけれど、誕生日を迎えてまたひとつ歳をとったいま、なかなか難しい。それらによる、焦りや不安、落ち込みからどうすくい上げるか。お疲れモードで、余裕のないなか、私にできることを精一杯やっているつもりだ。たとえば、美味しい食事をつくる。気晴らしになるかならないかはわからないけれども、買い物に誘ってみる。
それでも毎日、ちょっとした八つ当たりだったりがあって、つらい。互いに、心のなかで私は俺は病気なのだからと、思いやる気持ちが薄まってきている気もして、そうならないように、共倒れにならないように、必死で踏ん張っている。
がんばっても報われないだなんて、そんなことないのだから。お相手さんには、ちゃんと自身を信じていただきたい。
すこし、料理のレパートリーが増えた。というのは傲慢だろうか。いままで手を出したことのない、レシピ本やらとに頼りつつ、新しい料理を模索中。目標は、できる限り同じメニューが続かないこと。たとえば、魚の翌日は肉。洋食の次は和食か中華。ついった料理部、と勝手に名付けている一員のおひとり、へいじーさんに教わった、レシピ本もなかなかよい。料理は、料理だけに集中できるのがいい。余計な考えを、一旦横に置いておける。
悲観的になるときもあるけれど、なんとかかんとか二人で乗り越えられるといい。乗り越えたい。乗り越えてみせる。

四二

めまぐるしい日々。
ふと、読書メーターを開けば去年の三月からなにも読んでいないことがわかる。自身のケアに新しい環境に慣れることにお相手さんのケアに……。キリがないほどに、ガラリと生活は変わった。それが悪いとは感じないが、たまにはひとりで読書に専念したいとも思うのは贅沢だろうか。
新しい職場、三日目終了。
以前のところと違い、ベテランさんの変なこだわりもなく、覚えてしまえばどうとはなさそう。周りも、きちんとフォローしてくださる。いつか、クローズ就労からオープンにできるといい。隠すことは嘘をつくことだから。嘘は嫌いだ。
最近はもっぱらNHKの朝ドラと大河ドラマにどっぷり。特に大河ドラマは『新選組!』以来の三谷幸喜作、音楽も同じ方で毎話毎話泣いている。かっこいい大泉洋が見られるのもまたオツ。
平和な日々はいつまで続くのか、不安になるときもあるが毎日を楽しもうと思う。楽しみたい。

四一

今回は、生々しいお話もあるので閲覧注意にござりまする。
まず、このツイートを読んでほしい。ななしーちゃんが呟いたものだ。
「自分が生きていく意味のために子供がほしい、って言ってる人がいて本気で言ってるのかは分からないけどもしそうなら人間性疑うし本当の本当に気持ちが悪いし生まれてきた子供が可哀想と思う。自分が生きていく意味のために子供を生んだとして、もしその子供が自分より先に死んだら自分も死ぬんだよね?だって生きていく意味がなくなったんだもん死ぬよね?死ねよ。生きていくための意味になれなかった子供たちは私はどうしたらいいの。」
悲痛な叫びだと思った。また、私が世間に向けて吠えたいことでもあった。
なにかを意味づけする。それはときに残酷以上のなにかをもたらす。
※私の例で見てみよう。
私は、望んで産んだのではない、と言われて育った。たまたまセックスをして中出しをしたらできた。堕胎に耐えられる身体でなかったから産んだ。意味さえ与えられていない。
人が人の親になるとき。
今までの人生で、最大限の覚悟を持つ者は、はたして世の中にはどれくらいいるのだろう。ごく一握りにしか過ぎないように思う。育児放棄(いわゆるネグレクト)に身体的虐待、精神的虐待、そして性的虐待。危険と隣り合わせで暮らしている子どもの数のほうが圧倒的に多いのではないだろうか。
でも、私はこわくて動けない。ツイッターのさらに小さな界隈で、小さな声をあげるだけ。こわい、というのは大きな声をあげたときのリスクが頭をよぎるのと、なによりもフラッシュバックだ。せっかく治まりつつあるのだから、幸せを掴みかけているのだから。そっと静かに生きるしかない。嫌悪感たっぷりの記憶とともに。