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本と酒と怠惰

四八

お相手さん、一日でお仕事辞めるの巻。により、経済的に逼迫状況。それでも買わねばならぬもの、買いたいものはあるわけで。優先順位をつけるのがむつかしい。まずは家賃と光熱費と食費。それから、日用雑貨。おやつに化粧品。お洋服は後回しも後回しで、お気に入りリストに入れて眺める日々。それでも精神的に充たされているのだから、贅沢はすまい。
お仕事は忙しくなる一方。
ベテランさんは復帰されないし朝メインで入ってはった方は辞められるし。新しい方が入られたな、っと思ったら女性の方で、男手は少ないまま。力仕事も増える一方。家に帰って、ほっと一息つき、お相手さんとの衝突がないひと時でなんとか乗り越えられている。
ということでゴールデンウィークもお仕事づくめ。貴重な一日のおやすみに、信楽に行く予定は未定。たぬきさんの絵付けや山菜そばが気になるなる。お出かけできるといいな。

四七

お相手さんの、新しい職が決まった!
外資系スーパーで、ベーカリー担当だ。まずは短期のアルバイトからで、それから長期、準社員、社員、と、ステップアップしてほしい。全力応援だ!
の、矢先に風邪。ほっとしたのと寒さと疲れだろう。看病中に、うつされないように注意。
義母の調子が、ぐんぐん良くなっている。お薬も、ほとんどなし。ペットロスからも復活できているようだ。こちらまでうれしい。
私のほうは、ITPの疑いあり、とのこと。子どもをつくれないかもしれないショックと、申し訳なさが入り混じる。母親がこの病なのだが、遺伝しないと聞いていたから安心していた分、落ち込む。いまは、いいお薬ができているから、と義母は励ましてくれるけれども。お相手さんは、貴女の身体が大切だから子どもはいい。犬でも飼って、子ども代わりに育てよう、と言ってくれるけれども。心身ともに頑丈であれば、どれだけよかっただろう。だれを憎んでいいかもわからず、憎みたくもなく、ただただ自己嫌悪がつのる。
お仕事は順調に忙しい。新人さん1日で辞めるの巻プラス、ベテランさん半月入院により。気を引き締めて、きちんと体調管理してがんばろう。

四六

お犬様が亡くなって、2週間とすこし。お相手さんのお母さまもお相手さんも、徐々に立ち直りつつあるものの、完全ではない。私もだ。
経済的に、かなり厳しい状態。
私の場合は、日数は多いが勤務時間のすくなさでたいして稼げない。お相手さんは決まっても、すぐにやめてしまい、また探し始めるのだけれどなかなかうまくはいかない。あなたのペースでがんばってね、と口では言いつつ本心は、早く定職に就いて、結婚して、法的にも認められた夫婦になりたい。
近くの植物園の桜やその他諸々のお花が見頃らしいので次のおやすみにでも行きたい次第。たまにはお出かけして、気分転換しないと。家と職場、家と病院だけの往復ではいけない。お犬様が亡くなり、お散歩がなくなってしまったのだから。なにか、こう、たっぷりと外の空気を吸い、リフレッシュできることを見つけなければ。
あとは、予定は未定だけれども、友人の個展とモネ展とルノワール展へ行く予定。インプットインプット。
あのとき、俺が告白していなかったらどうしていたの?との質問を受けた。正直に、もう疲れていたから死んでいたかもしれない、と答えた。死なないで、と言われた。大丈夫、あなたが手を差し伸べてくれたから。もう、私なりに一生懸命生きるよ。かなしみやつらみが襲ってきても、きっとこの人と一緒なら乗り越えられる気がした。眠る前、うつらうつらとしながらそんなお話をした。
そんな彼はいま、大いびきをかいて横で寝ている。この瞬間は孤独だ。同時に寝顔を見ていると、おだやかな気分にもなれる。この人を守るためにも生きようと思う。

四五

お相手さんが、16年間お世話し続けてきたお犬様が亡くなった。3月10日午後21時53分頃。
今日は特にしんどそうで、それでもお父さんの帰りを待ち、短い時間しか過ごしていない私を待ち、皆が寝静まろうかという頃。阿保なのに賢くて、だからきっと苦しみも多かっただろう。けれど、たくさんの愛情を注がれて、私もこの2年すこし、めいっぱいかわいがった。一緒に行ったお散歩の回数は数知れず。お相手さんと私のお喋りを聞いているのかいないのか、元気に歩いていた時もあった。私と2人、全力疾走したこともあった。稲刈りの終わった、自然のドッグランで走り回っていた頃もあった。2階の、お相手さんの部屋の扉をカリカリし、一緒にお昼寝しようと誘ってきたこともあった。思い出すことは多い。短くも、濃ゆい時間をくれた、かけがえのない家族。
夕方頃から頭痛がひどい。
予防的に飲んだ片頭痛薬も、帰ってから飲んだものも、いまさっき飲んだやつも効いてはくれない。わるいなあ、と思いつつ、薬剤師さんの緊急連絡先に電話。ロキソニンを飲んで様子見てくださいとのことだが、おさまる気配はない。また、開局したら電話せねば。
急性扁桃炎とA型インフルエンザのダブルパンチで諸々の予定を断ってしまった。親不知抜き×2というミッションをこなしたら会おうね。
"あの日"から5年。
テレビを見ながら怯えていた。
それからまた調子がわるくなり、いよいよだ、と思って京都駅前のクリニックへ行ったことを覚えている。この震災で患者さん増えたんですよ、という先生は待たすだけ待たせ診察はろくにせず、大量のお薬を出した。手抜きに思えた。それから病院を転々とし、いまのところに落ち着いた。病を怨み妬み、死のうと覚悟したこともあったがお相手さんとお相手さんの家族という、人生の宝物を手に入れた。正負の法則?がんばったご褒美と思っておこう。
母親とは、物理的な距離をとることにより、精神的にもほどよい距離が出来、関係はおだやかになりつつある。それでもやはり実家は疲れるけれど。ゆっくり、着実に進んでいきたい。