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本と酒と怠惰

二四

いじめ。虐待。不登校アームカットリストカット。レッグカット。オーバードーズ。飲酒に喫煙と、小学生の中頃から、私は人生を諦めていた。

生きていても意味がない。生きていてもなにも楽しいことなどない。死を待つのではなく、自ら死を引き寄せるよな生活を送る日々は、それはそれは長く続いた。

途中には、親友の死。親友というより双子、魂の双子のような存在だった。そこからは、さらに病気もひどくなり、深夜徘徊。酒量も増える一方。どん底だった。けれども地獄とは感じなかった。着実に死へと近づいている感覚が心地よかった。パートナーができても、余生を生きるよな付き合いの仕方しかできなかった。早く現世とおさらばしたい。それだけが唯一の希望だった。

ある日、ふと思い立って市販薬ではなく処方された薬を飲みたいと思った。それらを大量に飲めば死ねると、勘違いしたからだ。病院へ行った。待合室では手が震え、全身はこわばり、頭痛と吐き気と胃痛が襲った。ようやくの診察。大きな、くまさんのような先生。自分でも驚くほどに、過去を話せた。カウンセリングを受けることになった。徐々に死から生へのシフトチェンジ。デイケアに通うよう、勧められた。通った。再びの頭痛、吐き気、胃痛。それも次第に薄まっていった。

誰かの横に座るときには必ず、こんにちは。ここいいですか。と聞くことを自らのルールとした。ルール?礼儀?

フリースペースと呼ばれる場所にいる時間が多く、そのとき、こわいこわいと感じていた人の隣に座らざるを得ない状況になった。それが今のお相手さん。そこから主治医が同じことがわかり、情報交換のために連絡先を渡された。主治医がその病院を離れることになるため、今後の身の振りかたをどうするか、互いに相談するようになった。

桜が咲き始めた頃。病院の近くの川岸に桜を見に行かないか、と誘われた。美しかった。世界はこんなにも美しいもので満たされているのかと、希望が湧いてきた。もう、その頃からお相手さんには手を引っ張ってもらっていたのかもしれない。

その後は様々な場所へと、友達として出かけた。まだ、私にはパートナーがいたからだ。女性が好きだとも告白した。受け入れてくれた。差別の目を向けられないことは、心底うれしかった。

私のほうは希望を持ち始めているのに、相も変わらず、パートナーは生きることを諦めていた。それに疲れた。別れた。お相手さんが、ドライブへと誘ってくれた。六甲山の上から眺める夜景の美しさは今でも忘れられない。世界は広い。世界は美しい。まだ、私は、生きていける。

その帰り道に告白された。私が、これからどうするかと聞かれて、一人で生きていくと答えたから、らしい。そんなことはさせたくなかったようだ。お相手さんらしい、遠回りしながらの、一緒懸命な告白。胸を打たれた。了承した。そして今に至る。

ラディゲに憧れて、二十歳で死のうと決めていた時期もあった。死ねなかった。次は三十路か。いや、長生きしようと思えてきている。きっと、お相手さんのほうが先に逝ってしまうのだけれど、それでもお相手さんを想いながら長く、長く生きようと思う。