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本と酒と怠惰

Aの昇天――或いはAの死にまつわる私感

などと、格好の良いタイトルを冠したところで格好の良いなにかが書けるわけでもなく。

ただ、節目として振り返っておこうと思う。

母親に嫌われたくない一心で中学受験をすることに決めた。第一志望はわたくしの希望。その他はすべて母親の希望で。否、第一志望すら母親の薦めだったように記憶している。自分なりに、がむしゃらにがんばった。周りと比べられる毎日は、ダメージばかりだった。それでも前に進まねば、母親に見捨てられてしまうという恐怖感から、必死だった。第一志望は落ちた。第二志望も落ちた。第三志望が、なんとか通った。それでもお嬢様が通うような女子校だったので馴染めず、そのうちに図書館と保健室だけに登校するようになった。立ち入り禁止の屋上へも行った。Aと出会ったのはそこで、だ。

Aも同じような境遇だった。虐待、親の別居等々。あまりよくない環境で、わたくしたちは育った。悩みも、好みも、すべてが同じだった。その頃が最も空想家に近かったわたくしは、きっと前世で双子だったのだろうと夢想したものだ。物心ついた頃からの、ひとりぼっちの感覚が徐々に薄まりつつあった。

ある日、Aが学校に来なくなった。もともと、わたくしだってあまり学校へは寄りついていないのでたいして気にはしなかった。Aが図書館や保健室にいないとわかると、わたくしは早退をした。そんなことが二週間は続いただろうか。さすがにおかしいと思った。けれど、携帯電話など持たしてもらえていなかったわたくしたちに連絡を取り合う術はない。思い切って、Aの担任に聞きに行った。煙草臭い、職員室で語られたのはAの死。手首をカッターナイフで切り、風呂場に浸かったまま亡くなった、と。Aの担任は詐欺師だと思った。ほとんど不登校のわたくしをからかっているのだと思った。けれども、Aの担任が秘密だよ、と言って見せてくれたAの母親からの手紙からは嘘臭さを感じなかった。ああ、Aは死んでしまったのだ。それでも実感は沸いてこない。まだ、おはよう、とか細い声で、たくさんの本を抱えてわたくしのもとへとやってきてくれるような気がした。その感覚は未だに時々よみがえる。

Aの母親へ電話をさせてもらったが、ミッソウだから、仲良くしてくれる子がいたのねありがとう、それだけ。ミッソウ。それがなにか当時はわからず、けれども、なにか隠したいことがあるような雰囲気は感じ取れた。だから今もわたくしはAのお墓にも行ったことがない。その辺の川岸で拾ってきた石を、勝手にAの墓石として、時たま撫でている。冷たい。あの、わたくしの知らない本を渡してくれたときのAのあたたかな掌とはまったく違う。でも、わたくしにはそれしかないのだ。

今でも時々、後悔することがある。Aはわたくしに与えてくれるばかりで、わたくしはなにも与えられなかった。もっと深奥の悩みを聞いていれば、未来は違った。今もわたくしの横で笑ってくれていたのに。誰にも見せない、わたくしだけが知っている笑み。すこし癖のある、長い黒髪。球体関節人形の、ガラス製のような綺麗な瞳。すっ、と通った鼻筋。血色の悪い唇。真白な肌。部分部分は思い出せても、もう随分と全体はぼやけてしまった。写真すらない。

Aにはわたくしにも打ち明けられない悩みがあった。それは確かだ。いくら双子のようだといっても、Aが受けた仕打ち等々はわたくしのそれとは違っていたし、やはり人間の心など、わからないものだ。けれども、わたくしは信じる。わたくしと過ごした時間は、Aにとって幸せだったに違いないと。そうでも思わないとやっていられない。

それから、Aのぶんまで幸せになろうとか生きようとかは思わない。AはAの人生を既にまっとうした。THE END。10年前にAの人生は終わった。わたくしはわたくしで生きてかねばならない。来るべきTHE ENDのために。