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本と酒と怠惰

四一

今回は、生々しいお話もあるので閲覧注意にござりまする。
まず、このツイートを読んでほしい。ななしーちゃんが呟いたものだ。
「自分が生きていく意味のために子供がほしい、って言ってる人がいて本気で言ってるのかは分からないけどもしそうなら人間性疑うし本当の本当に気持ちが悪いし生まれてきた子供が可哀想と思う。自分が生きていく意味のために子供を生んだとして、もしその子供が自分より先に死んだら自分も死ぬんだよね?だって生きていく意味がなくなったんだもん死ぬよね?死ねよ。生きていくための意味になれなかった子供たちは私はどうしたらいいの。」
悲痛な叫びだと思った。また、私が世間に向けて吠えたいことでもあった。
なにかを意味づけする。それはときに残酷以上のなにかをもたらす。
※私の例で見てみよう。
私は、望んで産んだのではない、と言われて育った。たまたまセックスをして中出しをしたらできた。堕胎に耐えられる身体でなかったから産んだ。意味さえ与えられていない。
人が人の親になるとき。
今までの人生で、最大限の覚悟を持つ者は、はたして世の中にはどれくらいいるのだろう。ごく一握りにしか過ぎないように思う。育児放棄(いわゆるネグレクト)に身体的虐待、精神的虐待、そして性的虐待。危険と隣り合わせで暮らしている子どもの数のほうが圧倒的に多いのではないだろうか。
でも、私はこわくて動けない。ツイッターのさらに小さな界隈で、小さな声をあげるだけ。こわい、というのは大きな声をあげたときのリスクが頭をよぎるのと、なによりもフラッシュバックだ。せっかく治まりつつあるのだから、幸せを掴みかけているのだから。そっと静かに生きるしかない。嫌悪感たっぷりの記憶とともに。